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2012年11月12日 (月)

115 『八正道』の生様・梵字 ユ

梵字画像の弥勒菩薩 scissors梵字サイト No.7 」 弥勒菩薩=ユ

除霊 浄霊師 神島剣二郎自筆

 弥勒菩薩はご存じですよね。梵字はどうでしょうか。

頬に手を当て、思惟の表情でうつむいておられる仏様

東洋のモナリザと言われる弥勒菩薩の梵字画像です。

scissors「密教の寺子屋・八正道の生き方を求めて」

 『八正道』で生きることをお釈迦様は説きました。

極端に隔たることなく、中道を行け、と仰せられたのです。

そこには、『正』なる語が羅列されています。
「正」とは「正しい」の意にあらず、あらゆる方向から、遍く見るという意味です。
例えば、『正見』とは正しい見解ということです。

あらゆる方向からみれば、この世界の有情・無情がお互いに相よって生じている(関係している=縁起)ことがわかるというのです。これを『平等』とも見ることできますが、実は極端に偏らない見方とも言えるのです。

二極の動きに左右されない姿勢をとることを教えています。
『お釈迦様』は「断見、常見」思想のどちらも否定しました。
『断見』思想とは、現世と来世は関係なく、人は死んだら何も残らない思想。現世と来世は断絶するという思想です。
『常見』思想とは、人は苦がなくなるまで輪廻を延々と繰り返す思想。現世と来世は連続するという思想です。
このどちらも『極端』として否定したのです。

さらに『お釈迦様』は「苦行、快楽」どちらも否定しました。
『苦行』とは自分で自分を苦しめることに夢中になること。
『快楽』とは官能に導かれるままに快楽にふけること。

『お釈迦様』が八正道で生きることを教えたのは、単に「善なる生き方」をしなさい!ではなかったのです。
苦にも楽にも偏らない中道が歩めるからだったのです。

『お釈迦様』の目指したものは、現実に悩み、苦しんでいる人がいる。その悩み・苦しみを、その人において解決するのが先決ではないか?でした。
それは、形而上学的主張の拒否、不毛な議論の拒否でした。
いたずらに時を空費する虚しさを嫌ったのでした。
今、生きている人間をそのままに見て、人種・思想・階級・富裕・貧困・男女の違いなど関係なく、不条理な社会で「血の涙を流す人々」の救済だったのです。

現代において「人生、如何に生きるべきか?」は「今更の迷い」ではないようです。
なぜなら、2500年遥かの昔に、既に『お釈迦様』が十二分に説いていたことだったのです。

この寺子屋は、各諸先生・諸先輩の知識をお借りしての掲載です(合掌)

密教の徒 除霊 浄霊師 神島剣二郎 24/11/12

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剣二郎シンプルプロフィール1

  • 半生
    神島剣二郎の修行と趣味の半生が 現在の私の基礎です。 神島剣二郎は父方先祖に神官を持ち、故郷伊那谷の八幡神社にて奇跡と神秘を体験し強烈な印象に残る。 しかし神仏系の道に入るのを拒み、大学で法律を学ぶ。在学中は体育会系のクラブ活動に熱中、合気道及び八光流柔術有段。大学卒後は金融機関勤務の道へ進む。 近年になり、宗優子とともにこの道に入る。

マスコミ出演

  • ニコニコ生放送・講演等
    テレビ東京 「ヴァンガ道」DAEGO氏 BeeTV 「パンサーの禁止事項」 「怪談供養の城」岩井志摩子氏

ももいろクローバーZ

  • ももクロと僕ら
    ももいろクローバーZ  映画「都市伝説・シロメ」に出演からのご縁です。 「シロメ」は・・・一生懸命に祈り・活きる者には願いを叶え、邪心もつ者の願いには、災いをもたらす神様です。 ある夜、ももクロ達一行は、そのシロメに会いに廃墟に向かい、"紅白初出場"を祈りました。恐怖の超常現象に出逢いながら。 同行は除霊・浄霊師、神島剣二郎と霊能者の宗優子。 監督はホラー映画の鬼才・白石晃士。テレビ史上、最も怖いドラマ、再放送は不可能!?とまで言われた「日本の怖い夜」(神島剣二郎・宗優子も出演)の監督。
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