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2012年11月13日 (火)

116 釈迦の出自/梵字 ベイ

梵字画像の薬師如来 scissors梵字サイト No.8 」 薬師如来=ベイ

除霊 浄霊師 神島剣二郎の自筆梵字

難しいけれど、美しい字です。薬師如来をあらわす梵字

画像ですが、左から右下へ流れるように描かれます。

scissors密教サイト-インドに出現した救世主

私はインドの民衆に『救世主』が現れるのは必然だったと思います。
時代が『救世主』を求めたのだと思ってもいます。

同時に『ゴータマ・シッダールタ』しか、『救世主』になり得なかったと思うのです。

彼が『覚り』を得た『平等哲学思想』は最高級品以上のレベルです。

仏教は最高度教養レベルから育った『哲学思想』だと思います。『シッダ-ルタ』は釈迦族〔浄飯王(ゴータマ・シュッドーダナ)〕の『太子』です。一般に宮殿生活は庶民とはかけ離れた贅沢な暮らしと思われますし、それは事実だったでしょう。
しかし、同時に『シッダ-ルタ太子』は毎日、『帝王学』を身に付ける修行の日々でもあったのです。そこで最高度教養のすべてを身につけたと思います。

8歳~12歳まで続けられたと言われる『帝王学』とは?
そして、少年~青年~大人となったシッダルターの学んだ『帝王学』とはどのようなものだったのでしょうか?

以下は、私が尊敬するある人の著作から知りえたことですが・・・。

算数は、師・アルジュナ(算数の大家)ですら敵わない事があったといわれます。
〔数の数え方の競争で負けたことがなかったと〕
父王の造った訓練用の庭園で刀や弓などあらゆる武器の使い方を修行。
相撲の稽古あり、象・馬(御者チャンダカ・愛馬カンタカ)の乗り方・馬車の扱い方・王として兵の動かし方、将として戦闘の技術も身に付けた。
学問では天文・祭祀・占いにも精通、古典(ヴェーダ・ウパニシャッドの世界)・呪術・医術にも造詣が深かったようです。
すべてに一級品の家庭教師が朝から晩まで仕えていたのです。

贅沢品も身に付けていました。
隣国(カーシー国)は最上級の絹の産出国でした。
彼は上衣から下衣まで、隣国の最高級品の絹地をまとっていました。暑さ寒さ・露・埃を避ける白い覆い傘もつ召使いたちに囲まれ、冬・夏・雨季用の住まいがそれぞれあり、音楽・踊りの明け暮れもあったらしいです。
やがて29歳に至るまで、彼は人間の環境世界にあっては『富裕頂点』の人だったのです。
ヤショーダラ第一夫人、マノーダラ第二夫人、ゴーパー第三夫人とあり、その女性達は多勢の侍女たちとそれぞれの宮殿に住んでいました。
『帝王学』の最たるものは優雅・風情・物腰・話し方などの宮廷作法の生まれながらの帝王の『自然さ』でしょう。

『お釈迦様』が泥沼の一般社会に入り、襤褸(ぼろ)袈裟着た説法師に転換したときでも、彼の振る舞いは、庶民からすれば『仏』の作法・仕草と思われたのでは?・・・と私は思っています。そのような地位だった彼が、幼少より学んだ『帝王学』を、庶民を救済する『平等哲学思想』に一気に転換させた。
そして、あらゆるものを棄てて新『平等哲学思想』を『実践』・『実証』して行ったからこそ、新興の『彼』を庶民や王族たちが認めたと思うのです。

私は当時の『お釈迦様』の新『平等哲学思想』は、内容よりも過去に釈迦族の太子だった地位を棄ててまでして、自らの『哲学論』を「実践・実証する姿・行動する姿」が庶民を説得して行ったのではないかと思っています。これは、空海にも言えることではないでしょうか。衆生は、教義内容よりもまず第一に、それを実践する人、実証する人の姿・姿勢に影響されてついて行くのではないでしょうか。

この寺子屋は、各諸先生・諸先輩の知識をお借りしての掲載です(合掌)

密教の徒 除霊 浄霊師 神島剣二郎 24/11/13

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剣二郎シンプルプロフィール1

  • 半生
    神島剣二郎の修行と趣味の半生が 現在の私の基礎です。 神島剣二郎は父方先祖に神官を持ち、故郷伊那谷の八幡神社にて奇跡と神秘を体験し強烈な印象に残る。 しかし神仏系の道に入るのを拒み、大学で法律を学ぶ。在学中は体育会系のクラブ活動に熱中、合気道及び八光流柔術有段。大学卒後は金融機関勤務の道へ進む。 近年になり、宗優子とともにこの道に入る。