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2012年11月 7日 (水)

涅槃した釈迦/梵字 カーン

scissors 梵字サイト No.2ー梵字画像、不動明王=カ~ン」

除霊 浄霊師 神島剣二郎自筆による

 この梵梵字の不動明王字のポイントはどこでしょう。

実は、てっぺんに乗っている◇なのです。

この◇(点画)がなかなか筆で良い形になりません。

        梵字は簡単のようで難しいのです。

密教サイト・涅槃した釈迦とは

クシナガラの郊外で『お釈迦様』は体調を壊しました。

『お釈迦様』はそのまま死期を感じ、弟子のアーナンダー〔阿難(陀)〕に支度をさせます。
近くに沙羅双樹がありました。
その下に臥所座(寝場所)を設け、右脇を下にして、足を重ね、横になりました。北枕西向きの姿勢です。
弟子や、皆に今生の別れを告げ、最後の説法をし、そのまま『涅槃』(ニルヴァーナ)に入って行きました。
成道後45年、御年80歳での御臨終です。合掌。

『涅槃』(ニルヴァーナ)とは=火を吹き消す。
吹き消された状態を意味します。
自分自身を制御して、燃え上がる煩悩(苦)を消す意味ともなりました。

仏教信仰の国々で『涅槃』の解釈に違いがあります。

例えば日本では、『お釈迦様』の死を=『涅槃』と捉えますので、『ブッダの涅槃像』は眼を閉じています。しかし、小乗(上座部)仏教信仰の東南アジア・中国などは煩悩の火を消した状態と捉え『ブッダの涅槃像』は眼が開いています。
『お釈迦様』は35歳の時、『菩提樹』の下、瞑想で『覚り』を得ました。その時から『涅槃』の境地にあったと言うことでしょう。
もともとは生死に関係なく、『お釈迦様』の【覚り】を意味したのです。

『涅槃』の解釈には三通りあります。

【有余涅槃】
=『お釈迦様』が覚りを得てから亡くなる(80歳)まで。
すべての煩悩を無くし、そのまま肉体を保持している状態。
【小乗(上座部)仏教国の東南アジアなど】

【無余涅槃】
=死後、肉体から離れ完全に自由になった状態。
【日本の解釈、大いなる完全な涅槃と言われます】

【無住処涅槃】
=生き死に関係なし、無限に自由で自在な境地
【大乗仏教で誕生した涅槃観です(例えば、生死にも、涅槃にも執着せず、衆生救済を目的とする菩薩の境地など)】

誰もが『解脱』を求めた時代でした。
輪廻転生の中で生きることは「苦しみ」です。
インド・人々(民衆)の切なる願望は、何とか「輪廻転生」から解放されること=「解脱」=「涅槃」であったのです。
『お釈迦様』は誰をも差別せず、人間平等を説く新たなる「哲学思想」を誕生させました。
「人は前世に捉われず、現世の行いによって現世で『解脱』できる」と。
『お釈迦様』は常に(今)生の苦しみを解決することだけを考えました。
「今、なすべきことは何か?それは現世で『解脱』すること!」
『お釈迦様』は人間として生まれ、人間として生き、人間として死にました。誰もが『解脱』を求めた時代でした。

『お釈迦様』は人間として生まれ、人間として生き、人間として死にましたが、この世で『解脱』を得る、を実証して見せました。
それは、『お釈迦様』いえど、生老病死を支配する縁起の法から逃れることはできない、その出来ないという不動の事実を明らかにしたのが『お釈迦様』の『覚り』の教えでもあったのです。

前回の繰り返しにもなりますが、この教えは決して『あきらめの教え』ではなく、衆生に『活きるための教え』なのです。
仏教は活きるための宗教です。これを絶対に忘れてはなりません。

この寺子屋は、各諸先生・諸先輩の知識をお借りしての掲載です(合掌)

 密教の徒 除霊 浄霊師 神島剣二郎 24.11.7

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剣二郎シンプルプロフィール1

  • 半生
    神島剣二郎の修行と趣味の半生が 現在の私の基礎です。 神島剣二郎は父方先祖に神官を持ち、故郷伊那谷の八幡神社にて奇跡と神秘を体験し強烈な印象に残る。 しかし神仏系の道に入るのを拒み、大学で法律を学ぶ。在学中は体育会系のクラブ活動に熱中、合気道及び八光流柔術有段。大学卒後は金融機関勤務の道へ進む。 近年になり、宗優子とともにこの道に入る。